時事ネタコラムのページ [利酒日記別室]

2006年10月


2006年10月20日
 今、他罰的な発言を繰り返している連中は、さぞ気持ちいいんだろうな。

 かねてから私が懸念しているとおり、最近、世の中がとみに「他罰的」になっている。
 米国の9.11後を見ればわかるように、恐怖が嵩じると、自衛心が肥大化し、 やられるまえにやってしまえ的な発言も許容される雰囲気すら生まれる。 戦は常にそういった気持ちから始まるのだ。 先の大戦を、自衛戦争だったの一点張りで思考停止している政治家の一群を見ればわかるというもの。

 報道の姿勢も悪すぎる。
 核実験を強行した国を擁護するつもりなど私にも皆無だが、 その「悪者」を絶対悪として位置づけることに少しでも疑問を呈するような 意見は封殺されている。そう、事実上の言論封殺は、もうとっくに始まっているのだ。
 そういった善悪二元論こそが、 問題の本質を見えなくしているということに、なぜ多くの人は気づかないのだろう。

 非道な国をただ罵ることが良識だと言いたげな評論家も多すぎる。 そんな奴らの意見など、何の役にも立たない。百害あって一利なしだ。

 核保有についての議論があってもいい、と発言した閣僚がいた。 与党内にも反発が起き、首相は火消しに躍起になったが、 別の閣僚がまた後押しする発言をしたりしている。 国民を守ろうとする意識というより、ここぞとばかりに大手を振って持論を展開している ようにしか見えない。本性というものは、こういうときに見えるものだ。

 政治家の発するメッセージを受け間違ってはいけない。 彼らの頭にあるのは、常に「選挙」だ。
 「国民を守るのが義務」などと、いけしゃあしゃあと発言する為政者ほど、 いざとなれば「国の平和」のために、国民を殺す。

 今、「制裁、制裁」と叫んで正義漢ぶっている政治家こそ、要注意である。
 他を制することで安寧を守ろうという試みは、より大きな力によって破壊される。 力の見せつけあいは、破滅しか導かないということに、気づいた方がいい。 もし貴方が、愚民でないならば。

2006年10月21日
 格差は仕方ないと、開き直る態度が気に入らないのです。

 友人と酒の席で、社会的格差に関する議論をしていて、 「生活苦による自殺を、ただの1人も出してはいけないと、言うんですか」 と激高してきた相手に対し、 「そうだ。ただの1人も殺してはいけない」と返したら、 あぜんとした顔をされたことがある。 「まさか、みんな平等の共産主義が良いなんて、言うんじゃないでしょうね」 と食ってかかられたこともある。そういう低脳な二元論こそが、過ちの第一歩だというのに・・。
 たぶん彼らの頭の中には、「どんなにがんばったって自殺者をなくすことなど無理なのに、 なぜこの人(私)は、理想論ばかり言うんだろう」という苛立ちがあったにちがいない。 そんなことは重々承知である。だけど、あえて、わざと言っているのだ。

 どんなに平等を目指したとて、社会に格差は必ず存在する。 努力や機会の違いによって、結果に格差は生まれるものだし、それが多様性を生んでいるともいえる。 いくら私だって、それを否定するつもりなど毛頭ない。それが資本主義社会なのだから。
 それでもなお、「生活苦による自殺者を、ただの一人も出してはいけない」と、 私が強弁するのは、 「社会にはそういう負の部分は避けられないのだ」と、識者ぶった物言いをする連中が、 私は大嫌いだからだ。
「あなたは今、酒が飲めてるじゃないか。成功してるじゃないか。だったらそれでいいじゃないか」 と言われたこともある。そういう、自分さえ良ければ、みたいな発言が、一番キライなんだよ!!

 自分が明日食べるのに困る状況など絶対に訪れないと、無邪気に信じている輩ほど、そういった発言をする。 彼らに言わせれば、自分はそれほど無能じゃないし、そんなヘタは打たないということなのだろうが、 それこそが傲慢以外の何者でもない。

 たとえば今私が、独立事業主として曲がりなりにも生活ができているのは、 私なりに頑張ってきたという自負ももちろんあるけれども、 主因は「周りの人の理解のおかげ」であり、単なる「偶然」だと思っている。 なぜなら、困ったときほど助けてくれる人、支えてくれる人が現れて、 仕事を、生きる糧を授かってきたから。本当に有り難いことだと思っている。
 自分は頑張ってきたからここまで来た、なんてことを自信たっぷりに言うのは、 いかに自分が周りに支えられているかということに鈍感な人間であるに違いない。 頑張らないヤツは報われなくて当然、なんてうそぶく恥知らずにだけはなりたくない。 頑張る機会すら与えられない人はごまんといる。今この国は、相当に機会不平等な国だ。 機会が与えられたことに感謝の気持ちを持てなくなったら、おしまいだと思う。

 仕事に就きたくても叶わず、借金苦で自殺するしかない人の気持ちを、考えたことがあるだろうか。 そういうことに対する想像力のない人間は、他人を慈しむことのできない人間である。
「全体の幸せのためには、少々の犠牲があっても仕方ない」なんてことを平気で言う非情な人間(一部ではそういう人間を、 識者というらしい)などになりたくない。そこまで落ちぶれたらおしまいだ、というのが、 私の価値観なのだ。


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