時事ネタコラムのページ [利酒日記別室]

2007年1月


2007年1月17日
 12年の思い

 また1月17日がやってきた。
 関西人にとって忘れることのできない「あの日」から数えて、もう13回目の1月17日となる。
 大震災に関する報道が年々少なくなるのは致し方ないとしても、 せめて我々が語り継いでゆかなくてはならないと思う。

 私の身の回りでは、幸い犠牲になった人はいなかった。ほんとうにそれは偶然なことだと思う。

 それでは、生き残った私たちは、いったい何をすればいいのだろう。

 こうして日々生かされている偶然に感謝をする。その気持ちを持ち続けていたい。 ただ生きているということがいかに尊いか。それを思えば、 少しは人に寛容になれるかもしれない。

 日々、阪神間で仕事をさせていただいている私にとって、 感謝と寛容の心を養うことが、自らに課せられた責務なのではないかと思うのだ。

 湿っぽい話をするな、と思った人もあるかもしれない。だが、 そういう人には、自らが今生きていることの「偶然」に、思いを巡らせて欲しいのだ。

2007年1月20日
 経営者側の横暴を断じて許すわけにはいかない

 数日前の話題だが、いわゆる「残業代ゼロ」法案の提出が見送りになった。
 当初、「残業を減らし家庭で過ごす時間を増やすことによって少子化対策にもなる」 などと、素っ頓狂な説明で後押ししていた首相も、「まだ国民の理解が十分に得られていない」 と急に態度を変えた。きっと側近から、「このままでは選挙に勝てませんよ」と忠告があったのだろう。 財界の男妾(おとこめかけ)も、選挙だけは怖いようである。

 この問題をめぐる経団連・御手洗会長の一連の態度を見ていると、 もう「言いたい放題」そのものである。あそこまで企業側の論理を臆面もなく押し通すとは、 開いた口がふさがらない。そればかりか、「希望の国」だかなんだかしらないが、 愛国心とか憲法改正とか、まったく経済とは関係のないところにまで口出しまでしている。 そんなつまらないことを言うのはどの口だ? この口か? とつねってやりたい。

 もっと腹が立ったのは、労働政策審議会委員で人材派遣会社社長・奥谷禮子氏の発言。
 労働側の、ホワイトカラー・エグゼンプションが導入されたら過労死が増えるだろうという批判に対し、 「働き方まで指示待ちで、自己管理もできないなんて、そんな甘ったれた考えではいけない」みたいな 発言をしていた。
 まったく最近は、こういうハチャメチャなことを平気で言えるような世の中になったらしい。 こういう発言をする主というのは、 「自分は自分だけの力でここまでのし上がってきた」などと思い上がっている手合いが多い。 今後も奥谷発言は注視してゆきたい。

 労働時間の自己管理なんてものができるようになるわけがない。 こんな法律ができてしまえば、経営者は残業代を払わなくてもいい一方で、 成果主義の名の下、より過酷な働き方を強要するに決まっている。 そうすればもっと会社は儲かるからだ。

 私は会社員ではないから、今回の法案には直接関係はないのだが、 こういう弱い者いじめを断じて許すわけにはいかないのだ。 私自身は、のべつ幕なし仕事のことばかり考えているフリーランサーだが、 この生き方は自分自身が望んで選び取ったもので、誰からも強要されたものではない。 そういう立場にある人間だけが、労働時間に対する自己決定権を持っているのである。 同じことを被雇用者にも押しつけようとするのは、経営側の横暴でしかない。

 今回の法案は「名前が悪かった」として、経済同友会から別の名前の提案も出ている。 「高度専門職年俸制」というのがそれだが、こんな詭弁にゆめゆめだまされてはいけない。
 「残業代ゼロ」法案と言われた時点でダメだったというのが彼らの考えのようだが、 どんなに巧みな言い訳をしようとも、残業代をゼロにする法案であることに違いはない。

 私はこれからも、この件に関しては、「残業代ゼロ法案」あるいは「残業代不払い合法化法案」 と呼んで、注意喚起をしてゆきたい。

2007年1月22日
 人は過ちを犯すもの。肝心なのは、その後の対処

 不二家はなぜ雪印に学べなかったのか?
 まさに多くの人の言うとおりだが、この失態を、「同族企業だから」のひと言で片付けるのは、 あまりに乱暴である。同族企業でなくとも、身内に甘い会社はいくらでもある。

 不二家の杜撰な品質管理体制を擁護するつもりは全くないが、 こういう不祥事を起こしてしまったときに、一番大切なのは、 事実をすぐさま認め、率直に謝罪し、すかさず対応策を示すことだろう。

 相変わらず、不二家バッシングをすることが良識であるかのような勘違い野郎が少なくないのは、 本当に腹立たしい。その一方で、「今こそ不二家さん頑張って」という声も多く聞かれることは、救いである。 私も、不二家の復活を心から願っている。

*****
 宮崎県知事選で予想外の圧勝となったそのまんま東(東国原英夫)氏は、 選挙戦中の演説で、過去を洗いざらい話した。
 「以前、不祥事を起こさせていただきました」と、笑いを誘いつつ、 有権者の前に頭を下げたのは、彼の誠実さの表れだろう。
 もちろん、過去の犯罪は決して帳消しにはならないけれども、 宮崎県の多くの有権者は、そういうこともひっくるめて、東候補を受け入れたのだと思う。

 既存政党への不信が、背景にあっただろうというのも事実。
 数を頼りに暴挙を続ける自民党。その自民党との違いが見えない民主党。 ただ与党でいたいだけの公明党。対抗勢力にすらなり得ていない社民党、共産党。 明日を託すに値する政党が見あたらない。
 自民党執行部は、「これは地方の特殊なケースで、国政には影響ない」などと、 事態を矮小化することに躍起だが、これはもしかすると大きなうねりになるかもしれない。

 ただ過ちを犯したこと、そのこと自体を不寛容に糾弾するような世相が、ここ数年のこの国の実態。
 そんな時代に、過去の過ちよりも、未来への誠実さを選んだ宮崎県民に、拍手を贈りたい。

2007年1月24日
 「自己責任」という言葉の浅ましさ

 昨今の流行り言葉の中で、私が忌み嫌うものの一つに「自己責任」がある。 例のイラクでの人質事件で多用されたことで、大嫌いになった。

 そもそも自分の行動に自分で責任を持つべきことは、 当たり前のことである。その意味で「自己責任原則」は至極当然のことなのであるが、 問題は言葉の使われ方である。

 「自己責任」を振りかざす人々ほど、無責任であるように私には見える。

 「あんたが悪いんだから、自分で責任を取りなさい。私は知らないよ」 という真意が透けて見えてしまうのだ。 「自己責任」という正論を語って、いい気になっているだけなのだ。 特に政治家がこの言葉を使うときには、 自らの役割を放棄していると言われても仕方ないだろう。

 昨今の、強者ばかりを礼賛する世情の中で、 「努力しないヤツは落ちこぼれて当然」などという意見がまかり通ってしまえば、 努力したくてもできない境遇の人を、見殺しにすることになる。 そんな想像力すら欠如している輩が、政治家にも少なくない。 「自己責任」とは、自らを戒めるために肝に銘ずるものであって、 他者に強いるべきものではない。やたらと「規律」を重んじる人に私がうさん臭さを感じてしまうのも、 そうした薄汚さ、手前勝手さが見えてしまうからだ。「奉仕」を無闇に強調する人に、 感謝の心が見えないのと同じだ。

 私は、当サイトでのこうした発言も含めて、 すべて自分の行動には最後まで責任を負うつもりであるし、これは人として最低限のことであると思う。 だからこそ、他者に「自己責任」を振りかざすようなつまらない人間にはなりたくないし、 失敗したり躓いたりした人に対して、わずかでも力になってあげられるような人間でありたいと思う。

2007年1月30日
 発言には、日頃の考え方が出る

 柳沢厚生労働大臣の発言が波紋を呼んでいる。少子化問題に関して、 女性を機械にたとえて説明した発言だ。

 ひとつ確認しておかなければいけないのは、テレビなどで、 「『女性は産む機械である』との大臣の発言」というふうに報道されている けれども、さすがに大臣も、産む機械であるなどと断定したわけではない。 そんなことを言う人はいないだろう。 あくまでも、「機械にたとえると、その機械の数は決まっている」という言い方をしていた。
 もちろん、だからといって免責されるわけではない。許し難い発言であることに変わりはない。

 今回の発言を、大臣の奥さんはどう思っているのかな?と、お節介にも思ってしまう。 いや、大臣がこんな程度の男であることは、奥さんこそが一番よくご存じだろう。 もう、とうの昔に諦められているのかもしれない。 世間で熟年離婚が増えているのも、こういった男が多いことに一因があるのではないか。

 いずれにせよ、女性のみならず、与党の男性議員の中からも、非難の声が出ているのは当然のことだろう。

 だが、と私は思う。当然のような顔をして柳沢大臣を非難している男性議員の中にも、 同じような考え方をしている連中が少なからずいるのではないか?

 「機械」というのは単なるたとえ話だとしても、 女性は産む性であり、産むのは当然と思い、それ以上に考えを巡らすことのできない男性は、 残念なことに少なくない。女性が安心して産み、子育てができる環境を整備することが、 政治の大事な役割なのに、出産や子育ての背後にある実状をしっかり認識している男性議員が、 果たしてどれだけいるだろうか。

 私も決して優良な夫とは言えないけれど、 妻の妊娠、出産という人生の一大事を共に経験し、 男性は逆立ちしても女性にはかなわないなあ、と実感した。
 子供を保育園に入れるときには、 社会の現状がいかに子育てしにくい状況にあるかを痛感した。保育園に入るためには、 母親が勤めていなければいけない。先に内定を取ってから申請に来いと市役所は言う。 しかし、働き口を見つけるためには、保育園に入れるということを確約しなくてはならない。 まったく理不尽な話だ。
 保育園に入れても、子供が熱を出すと預かってくれないので、 日中でも迎えに来てくださいと連絡が入る。これでは安心して仕事などできない。 こんなふうに、社会のシステムが、子供を育てることにとても協力的とは言えないのだ。

 ところで、今回の問題に対する首相の対応が煮え切らない。 大臣の首を切るつもりはないようだ。
 こんなことをしていると、 どんどん窮地に追い込まれるだろうに。

 まあ、そうやって先延ばしすればするほど、 現政権に対する信頼は落ちてゆくのだろうから、 せいぜい先延ばしして、世間の反感をもっと買えばいい。と、私は冷たく見ている。


 HOME  利酒日記のメニューページへ  前月の時事ネタコラム  翌月の時事ネタコラム
 このページは、K氏の葡萄酒的日常利酒日記の別室で、WEBマスターが時事問題などについて、 勝手気ままに書き綴るページです。
 抗議のメールなどは一切受け付けていませんので、あしからず。