時事ネタコラムのページ [利酒日記別室]

2008年5月


2008年5月2日
 大衆迎合などではなく


 5月になり、いわゆるガソリン税の暫定税率が復活した。

 "暫定の復活"というのも日本語的にはおかしいのだが、 政治家さんにとっては、暫定という位置づけではなかったということであろう。

 目先の値段の安さといった庶民の近視眼的な意見に迎合するのではなく、 もっと長期的視点で税制を考えるべきであるという、まさに正論を強調する人も多く、 私も基本的にその意見に反対する者ではない。
 だが、復活を阻止しようとした民主党の姿勢を、 安っぽい大衆迎合だなどと切り捨てる意見が、個人のサイトやブログなどにも散見されるに至っては、 私も黙っていられない。

 国民から税金を取る以上、その使い途が一番の問題である。 無駄づかいが色々と行われている状態にあるのに、それに対する具体的な改善策も示されないまま、 取る方だけは取ろうという姿勢は、決して許されるものではない。 順番が逆なのである。

 後期高齢者医療制度の問題だって、宙に浮いた年金問題がほとんど解決されない状況にあるのに、 取る方だけは天引きで取ろうという、その姿勢が許し難いのだ。

 TVなどに出てくる政治評論家や、政治的書込みを主体とする個人サイト、ブログ等での物言いで、 私が一番気にくわないのは、 「国民はそんなことを望んでいない」とか、「民意はそんなところにない」といった、 自分の意見を民意にすり替える言い方である。

 私は、何かを発言する以上は、自分の言葉に責任を持ちたいので、 「世論はこうだ」とか、「国民はこう思っている」なんて言い方は絶対にしない。 常に、私自身の意見として、「私はこう思う」と言う。 当然、反対意見もあるだろう。それに対しては、とことんお付き合いするし、 自分の言ったことには、とことん責任を持つ。そうでなければ、自分の意見を言う資格はないと思うからだ。

 私は、特定の支持政党を持たない主義なので、 すべての事柄について、常に是々非々で判断を下す。 今回のガソリン税の問題については、民主党の姿勢を支持する。 無論、ガソリンの目先の値段が下がればいいなどという理由ではない。

 諸物価が上がり、給料が増えず、多くの人が生活にあっぷあっぷしている中で、 税金の無駄づかいを放置したまま特定の利権を守ろうとする与党の姿勢を、 まったく支持できないからである。

2008年5月23日
 子供に携帯は要らないなんて誰が決めるのか


 ちょっと前の報道だが、自民党議員の中で、子供の携帯電話所持に対して規制をかけようという 動きが出ているという。 小中学生が携帯を持つことを、基本的に禁止したほうがよいという意見もあるらしい。
 福田首相も、TVのインタビューに答えて、 「個人的な意見としては、小中学生に携帯は要らないと思う」と発言していた。

 なぜこういうことを、子育てに関与したことのないようなオヤジたちが決めるのだろう。 要るか要らないかなんて、彼らに決める資格はないであろう。

 我が家では、息子が6年生になって、携帯を持たせるようにした。 なぜかと言えば、平日は夜遅くまで、近所だが塾に通っており、 週末は都心部の教室で開かれている特講のようなものを受けるために、 一人で電車で通っている。
 親としては、もし何かあったときに、携帯を持っているということだけで、 かなり安心なのである。最近の携帯はGPSもついているから、 居場所を探索することだってできる。

 友だちも皆持っているからとか、ましてや本人が欲しいなんて言ったわけではない。 塾が終わったら電話をかけてくる。授業が延びて遅くなったりしても、 その旨すぐ電話がかかってくれば、安心できる。 電話機には私と妻の名前と携帯番号が登録してあって、身元もすぐわかる。 そういう実利的な目的である。

 何か事件が起こると、すぐ道具のせいにしたがる人がいる。 「ゲームが悪い、ケータイが悪い」と。道具を規制すれば、問題は解消されると思っているところが、 実に浅はかで、幼稚な発想だ。もちろん、違法サイトなどは厳しく取り締まる必要があるが、 規制はそういう情報を流す側にかけるものであって、利用者にかけるべきものではない。
 そのうち、「子供に包丁を持たせると人を殺めるかもしれないから、 子供に料理なんかさせるな」なんて言い出すオヤジ議員が現れるかもしれない。

 こういうオヤジたちに言わせると、そもそも夜遅くまで子供に塾通いさせる親が非常識 ということになるんだろうか。

 公立学校の教育が万全であれば、何もわざわざ塾に行かせたりしない。 だが、今の小学校の教科書の内容や、試験のレベル、宿題の少なさや、 公立中学校の荒れた状況を見聞きすると、とてもではないが、先行きに明るさは見えない。

 国のやるべき事は、子供を押さえつけることではなくて、 もっと良質な教育機会を与えられるようにすることだ。 教育改革と言いながら、愛国心を押しつけ、奴隷を作り出そうとしているようなオヤジ議員たちには、 人間を育むということの尊さ、難しさが、わからないのであろう。

 公共心なんてものは、上から押しつけるようなものではない。 皆で協力し合えるような社会とはほど遠い、殺伐とした弱肉強食の社会を作り上げているのは、 今の大人たちではないか。こんな社会では、公の心なんて育つはずがない。
 親や目上の人を敬いなさいなんて、安倍前首相も言っていたけれど、今の大人は、敬われるに値する存在なのか。

 私は、自分の子供に対して、親を敬いなさいなんて、絶対に言わない。 もし私が子供から敬われていないとしたら、それは私が敬われるに値しない人間だからだ。 もちろん、他人に対して失礼なことをしていいわけがないから、他者を最大限尊重すべきことは、 子供には伝えているつもりである。

 子供を育てるということは、親が無言で生きる姿を見せることである。

 何かを規制すれば、それで子供が真っ直ぐに育ったり、危険を回避できたりするわけではない。 押さえつけることにしか発想が及ばない人たちには、教育を語る資格はないと思う。


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