時事ネタコラムのページ [利酒日記別室]

2012年4月


2012年4月7日
 入学式で思ったこと


 7日は一人息子の高校の入学式だった。 ついこの間、中学受験をしたばかりだと思っていたら、もう3年が過ぎた。

 内部進学だからこれまでと同じ学校にあと3年通い続けるわけで、 初めて学校見学に行った小5の時から数えて5年目となるから、親としても慣れ親しんだ場所。 だが、一つの区切りとして、それなりに感慨深いものはあった。

 大阪維新の会主導の「君が代騒動」が繰り広げられている大阪市内に学校はあるが、 騒動とは無縁である。

 なぜならカトリックの精神に基づく私立学校であり、入学式ではそもそも国歌斉唱などない。 その代わりに、聖歌が歌われる。

 もちろん、我が家を含め、キリスト教の信者でない者のほうが圧倒的に多いが、 皆この教育方針に納得して入学しているので、何も異論はない。聖歌を歌うも歌わないも自由であり、 祈願のときに「アーメン」を唱えようが唱えまいが自由である。 そこにあるのは自由、自主、自律の精神であり、強制などは一切ない。

 改めて思う。

 社会には様々なルールがあって、構成員がそれを守るべきなのは当然である。 そんなことは、大人であればあえて口に出して言うべきことでもない。

 しかし、「ルール」をことさら強調する人たちには、その根底に別の真意がある。 それは例えば、古(いにしえ)の家父長制の下で、「男は偉いんだ。主人に従え」と言うことによって、 つまらない自尊心を満たし、自らの内なる劣等感を沈めていた、情けない男連中のように。 私が一番軽蔑する種族である。

 ルールで人を排除する人間は、最後は自らが排除される。そういうことが、今、 大阪の公立学校で繰り広げられている。なんと惨めなことか。

 人を信じ、排斥しない。一つの価値観に拘泥しない。進んで人を許すことによって、 初めて自らも許される存在となる。そういった世界観で教育が行われている学校に我が子を通わせることができて、 本当に良かったと思えた一日だった。

2012年4月9日
 くだらない

 昔聞いた話だが、大阪のある会社では、 毎朝全社員が社長に電話(必ず留守番電話になっていたらしい)をし、 社長への賛辞や、忠誠を誓う言葉を留守電に残すことを強要されていたらしい。 「今日も仕事ができるのは、社長様のお陰です」「社長様にどこまでもついてゆきます」 「社長様のために今日もがんばります」といったメッセージを。

 マンガみたいだが、そういうことが実際に行われていたらしい。

 ほどなくしてその会社は、経営陣の不正が発覚して、破綻することとなった。

 思わず笑ってしまうような、くだらないトピックだが、 現在同じようなことが、大阪の教育現場で行われている。

 9日、大阪の多くの公立高校で、入学式が行われたと、ニュースが報じていた。 なぜそんなことが報じられるのかといえば、大阪維新の会主導で導入された「君が代条例」 制定後の入学式であり、現場ではおぞましい光景が繰り広げられていたからだ。

 教職員がちゃんと君が代を歌っているかどうか、「口元チェック」が行われている。 マンガのようだが、本当の話だ。

 思想信条の自由に反すると、反対派が言えば言うほど、 彼らはただ「ルールだから従え」の一点張り。まさに恐怖政治そのもの。 公務員だからルールに従え。教師は子供の模範となるべきもので、自らルールを犯すなどは 許されないと、それだけをくりかえし強調する横暴さ、非常識さである。

 戦前の軍国主義を想起させるから歌いたくないという意見に対し、 「そういう価値観ではなく、とにかくルールだから従え」としか言わない。 彼らは本音をひた隠しにしているのだ。いや、バレバレなのだけど。

 君が代が軍国主義の象徴だからこそ、彼らは強要したいのだ。他の歌ではだめなのだ。 条例化までしてしまうとは、恐るべき執念である。日本に帝国主義、軍国主義を復活させ、もう一度戦争のできる国にしたい。 他国を力で制圧し、日本が世界に冠たる国であることを誇示したい。その強い願望だけで、 維新の会は出来上がっている。他にやることはないのか。いや、それだけがやりたくて、政治家になったのだろう。

 橋下氏は何かというとすぐ「北朝鮮」を持ち出し、反対派は北朝鮮へ行けなどと、Twitterでも発言している ようだが(こんなことを市民に対して言う人間を、政治家にしておいていいのか。いいはずはない)、 彼のやっていることそのものが、北の国で行われていることと瓜二つではないか。 つまり、日本を同じような国にしたいと思っているようにしか見えない。

 彼らに国政まで乗っ取られないように、彼らの危険性を私は何度でも訴えてゆく。

追伸:社会において、ルールは守られなければならない。これは至極当たり前のことである。 国旗・国歌を敬う気持ちは尊重されなければならない。これも当たり前のことである。 だが、それを制定した人間によこしまな動機があり、執念に燃えてくだらない思想チェックまで展開する政治は民主主義ではない。 どんなルールでもルール化されたものには、無条件で従えというのは、もはや民主政治ではない。 奴隷に対する命令である。私たちは、絶対に奴隷には成り下がらない。 こんなくだらないルール以外は、私はルールというものを厳格に守るタイプの人間であるということだけは、 強調しておきたいが。


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